物質に質量を与える素粒子で、「神の粒子(god particle)」とも呼ばれる。素粒子(elementary particle)とは、物質や力を構成する最小単位の粒子のことで、本来は質量がなく、光速で動くことができたと考えられているが、実際には質量がゼロのものもあれば、重い質量のものも存在する。素粒子がどのような性質をもち、どのように関連し、相互に作用しあうかをまとめた標準理論によれば、素粒子は、(1)物質を構成するもの、(2)力を伝えるもの、(3)質量をもたらすものに大別されることになり、(3)に該当するヒッグス粒子だけが見つかっていない。ヒッグス粒子は(1)(2)に該当するほとんどの素粒子と相互に作用しあい、まとわりつくようにして動きを押さえこみ、その抵抗が素粒子の質量になるとされる。それゆえ、相互作用が強ければ強いほどその素粒子は動きを強く押さえこまれ、より大きな質量をもつことになる。対して、光の最小単位である光子という素粒子などは、この相互作用が生じないため、質量がゼロであり、光速で動くことができる。ヒッグス粒子は、ビッグバンの直後、宇宙が膨張しつつ冷え始めたある時点において、気体が液体に変わるのと同じような真空の相転移(真空の転移)という現象とともに宇宙に充満したと考えられている。ヒッグス粒子が発見されれば、対称性の自発的破れ(自発的対称性の破れ)の考えを素粒子の理論に導入した南部理論の証拠になるほか、いまだ不完全さを含む標準理論をより完全なものに修正していく作業にも貢献することになる。
2011年12月13日、スイスのヨーロッパ合同原子核研究機関(CERN)は、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を駆使したアトラス実験(ATLAS実験 ; A Troidal LHC Apparatus)とCMS実験(Compact Muon Solenoid)の両チームがヒッグス粒子の発見に近づいたことを発表。両実験とも、光速近くまで加速した陽子と陽子を衝突させることで、ビッグバンの直後に匹敵する高エネルギー状態を再現し、ヒッグス粒子を生成しようと試みている。しかし、質量の大きな素粒子は単体では瞬時に崩壊してしまうので、崩壊の特徴から逆算してヒッグス粒子生成の成否を特定するしか方法はない。また、陽子の大きさは1000兆分の1メートルほどと極めて小さく、有効な衝突は1兆回のうち1回ほどしか起こせず、アトラス実験では500兆回の衝突からデータを集めたという。結果、ヒッグス粒子が存在するのであれば、その質量は、アトラス実験によれば116~130ギガ電子ボルトの領域に、CMS実験によれば115~127ギガ電子ボルトの領域にあることまで絞りこまれた(ギガは10億倍を示す)。なお、“電子ボルト”はエネルギーを表す単位であるが、エネルギーと質量は等価なため、微細な質量を扱う場合はこの単位が使われる。両実験ともにまだデータの蓄積が足りず、確度を高めて、12年中にはヒッグス粒子の発見を達成することを目指す。