2012年10月9日、スウェーデン王立科学アカデミーは、12年のノーベル物理学賞を、フランスの国立高等教育機関コレージュ・ド・フランスのセルジュ・アロシュ(Serge Haroche)教授と、アメリカの国立標準技術研究所のデビッド・ワインランド(David J. Wineland)博士に贈ると発表。授賞理由は、「個々の量子系の計測と操作を可能にした画期的な手法の開発」による。原子や原子核、電子、光子などの根源的な粒子は、量子力学の法則に基づき、たとえば、一つの粒子が右回転と左回転というような異なる状態を同時にとりながら存在する重ね合わせや、どれだけ離れても粒子同士の間で瞬時に状態が相関するエンタングルメントなど、常識では考えづらい奇妙な振る舞いをみせることがある。両氏は、こうした特殊な状態をもつ粒子をつくりつつ、その非常にデリケートな状態を壊さずに観測や操作を行う手法を別々のアイデアで構築した。アロシュ教授は、超伝導状態にある二つの凹面鏡を使って光子を閉じ込める超伝導空洞共振器(超伝導キャビティ superconducting cavity)を用い、そこに原子を注入したときの相互作用で、重ね合わせやエンタングルメントの状態をもつ光子をつくりだすことに成功。いっぽう、ワインランド博士は、電磁場によってイオン(電荷を帯びた原子)を空中に一列に並べて捕捉するイオントラップを使い、そこにレーザーを照射することで、イオンに重ね合わせやエンタングルメントの状態をとらせることに成功。これらの手法の確立は、量子力学の知見を深めるにとどまらず、工学への応用研究も盛んで、重ね合わせとエンタングルメントの特性を利用して計算処理を行う量子コンピューターを実現するための基礎技術にもなっている。授賞式は同年12月10日にストックホルムで開催され、賞金の800万スウェーデン・クローナ(約9500万円)は両氏が当分して受け取る。