ロシア出身のチェロ奏者で指揮者のロストロポービッチにちなんだ若手チェリストの登竜門。フランスのパリ市の主催により1977年に始まり、ほぼ4年に1度開催されている。審査委員長は、2005年まではロストロポービッチ本人が務めた。ムスティスラフ・ロストロポービッチ(Mstislav Leopol'dovich Rostropovitch)は、1927年に旧ソ連のアゼルバイジャンに生まれ、10歳でデビューして神童と称される。モスクワ音楽院でチェロと作曲を学び、在学中から国際チェロコンクールでたびたび優勝し、卓抜な技量でソ連を代表する音楽家となった。しかし当時ソ連の反体制作家のソルジェニーツィンと親交を結んだため当局の怒りを買い、70年に演奏活動を禁止されたことから、74年に演奏旅行に赴いたイギリスで亡命し、アメリカに在住。アメリカではワシントン・ナショナル交響楽団の音楽監督を務めた。ゴルバチョフ政権下のペレストロイカによって、剥奪されていた市民権が回復され、91年にモスクワで里帰り公演を行った。2007年4月モスクワのがん専門病院で80歳で死去。
ロストロポービッチ本人が不在の初のコンクールとなった09年の第9回(10月27日~11月8日)では、日本人として初めて宮田大(23歳)が優勝。優勝賞金は1万ユーロ(約133万円)。