江戸時代のニュース伝達のための、1~2枚刷りの印刷物。絵が中心であるところから「絵双紙(えぞうし)」、街頭で、売り子が読み上げながら販売していたため「読売り」などと呼ばれた。「瓦版」と称するようになったのは、幕末から明治のころである。価格は江戸時代を通してあまり変わらず、初期のころで3文、のち4文で購入することができた。最も古いものは、元和元年(1615)の大坂夏の陣を報じた『大坂安部之合戦之図(おおさかあべのかっせんのず)』『大坂卯年図(おおさかうどしのず)』といわれている。元禄時代(1688~1704)には、心中の流行にともない、それを報じる好色物が盛んに出回った。幕府は、享保7年(1722)に心中を厳禁するが、関連して、瓦版にも規制を敷いた。その後は、幕府が奨励する忠孝(ちゅうこう。忠義と孝行)や、災害を題材としたものがその多くを占めるようになる。幕末になると、混乱する世相を反映し、政治的事件も多く取り上げられた。
幕府(ばくふ)
武家の政府で、もともとは近衛大将や征夷大将軍の居所を指したが、鎌倉幕府以来、征夷大将軍に任じられた武家が政治を行う場所やその政府のことをいった。