来航するオランダ人が提出した、世界情勢を記した報告書。オランダ通詞により日本文に翻訳されて、幕府に提出された。オランダ商館が長崎に移転した寛永18年(1641)、幕府は、オランダ人に海外情勢を十数カ条にまとめて提出するよう命じ、以後、オランダ船が入港するたびに提出されるようになった。オランダ風説書は、しだいに簡略化されていくが、アヘン戦争(1840~42)ののち、幕府は海外情勢を知る必要を痛感し、天保13年(1842)以降は従来の風説書に加えて、「別段風説書(べつだんふうせつがき)」という、より詳しい情報を提出させた。風説書に書かれた情報は幕府が独占する建前だったが、オランダ通詞は、長崎に常駐する九州諸藩の聞役(ききやく)に内々に写(うつし)を渡したため、情報は九州諸藩を中心に漏洩(ろうえい)した。オランダ風説書は、ヨーロッパの新聞などの情報を元に書かれており、幕府はフランス革命やアメリカ独立などの大事件をそれほどタイムラグなく知ることができた。
通詞(つうじ)
江戸時代における通訳で、オランダ語の通訳をする者。中国語の通訳者は「通事」と表記された。
幕府(ばくふ)
武家の政府で、もともとは近衛大将や征夷大将軍の居所を指したが、鎌倉幕府以来、征夷大将軍に任じられた武家が政治を行う場所やその政府のことをいった。
オランダ商館(おらんだしょうかん)
オランダ東インド会社の日本支店。慶長14年(1609)に長崎の平戸に設けられたが、寛永18年(1641)に長崎の出島に移転させられた。
藩(はん)
将軍から1万石以上の石高(こくだか)を与えられた大名が治める、それぞれの地域に設けられた政治機構。