桜の花を楽しむことや、その場で酒宴などを設けること。貴族や武家は、古くから花見を行っていた。歴史上では、慶長3年(1598)に京都の醍醐寺(だいごじ)で千数百名を集めて行われた、豊臣秀吉の醍醐の花見が有名である。しかし、庶民が酒や弁当を持って花見に行くのは、江戸時代からである。江戸で花見の場所といえば、将軍家の廟所(びょうしょ)である寛永寺があった上野だった。桜の時期には上野に庶民が集まり、酒食や遊興にふけった。8代将軍・徳川吉宗は庶民の遊楽の場所を増やすため、現・東京都北区王子の飛鳥山に桜を植え、花見の名所にしようとした。これは大成功し、飛鳥山は花見客でにぎわうようになった。吉宗は、隅田堤や品川の御殿山にも桜を植え、5代将軍・綱吉が設けた中野の犬小屋跡地には桃を植えて名所とした。
将軍(しょうぐん)
幕府の主権者で、形式的には朝廷から任命される。正確には征夷大将軍で、大臣を兼ね、正二位に叙された。