番屋とは、江戸の町々にあった防犯のための施設。自身番とは、町の会計である町入用(ちょうにゅうよう)で設けられ、町入用で雇われた書役と町名主や家主たちによる自警組織。多くは1町に1カ所あったが、最合(もあい)といって、2~3町共同で設けるものもあったから、江戸に200余~300ほどあったとみられる。江戸の治安を担う廻り方同心が町を巡回するときは、御用箱を背負った供(とも)と木刀1本を差した中間1人、手先(目明かし)2~3人を連れ、自身番に「町内に何事もないか」と聞いて回る。同心が怪しい者を見つけると、自身番に連れていき、尋問する。ただし、容疑者を留置する施設ではないので、詳細な調べが必要なときは大番屋に連れていく。自身番には「自身番日記」が置かれ、町内の出来事などを書き留めていた。また、庶民の戸籍に当たる人別帳も備えられていた。
中間(ちゅうげん)
個々の武士が召し抱えた家来の中で、武士の身分ではない者。外出などの際に、武士に同行し、鑓持ち、鋏箱(はさみばこ)持ちなどをした。
手先(てさき)
「八州廻り」こと「関東取締出役(かんとうとりしまりでやく)」に使われた者で、「道案内」ともいう。主に、その地元での事情に通じた、土地の顔役が選ばれた。
目明し(めあかし)
同心に私的に抱えられ、犯罪捜査のために町を見回る者で、蔑称的に岡引き(おかっぴき)とも呼ばれた。その子分を下引き(したっぴき)という。
同心(どうしん)
町奉行所にて、さまざまな掛(かかり)に分かれた与力のもとに配属される役人。町奉行所には100〜120人ほどが勤務した。
大番屋(おおばんや)
江戸に5〜6カ所あった防犯施設。町の会計である町入用(ちょうにゅうよう)で設けられた自警組織である自身番の大規模なものなので大番屋といった。
人別帳(にんべつちょう)
村や町にある寺の「宗門人別改帳」のことで、江戸時代の庶民の戸籍の代わりとなっていた。