主に手紙文を教材とする初等教科書。有名なものに室町時代(1336~1573)の『庭訓往来(ていきんおうらい)』があるが、平安時代(794~12世紀末)末期以来広く作られている。「往来」とはやりとりされる手紙の意味で、本来は手紙の文例集だったが、さまざまな礼式を教えるものもできた。中世では、貴族や僧侶の手になるものが普通であるが、江戸時代になると、文人や手習いの師匠の手になるものが多くなった。内容も、諸国の国名を掲げる国尽くしなどの地理、あるいは歴史、産業、経済など、日常のあらゆる知識を教える教科書として、工夫を凝らして刊行された。上杉景勝(うえすぎかげかつ)の家臣・直江兼続(なおえかねつぐ)が、徳川家康に対して上杉家の正当性を主張した有名な「直江状(なおえじょう)」も、往来物の題材となり、江戸時代に広く知られるようになった。日本教育史の方面では、江戸時代以前の日本の教育の目的・内容・方法を示す最も重要な資料とされて分析が行われている。