漢方では、夏は体内の陽気(ようき)を、外に向かって発散させる季節と考えます。この場合の陽気とは、体を温めて、活発な生命活動を営ませる、活動エネルギーのことをいいます。現存する中国最古の医学書である『黄帝内経』という本によれば、夏は天の気が下降し、地の気は上昇して、2つの気が上下に交じりあうことで万物が花開き、実を結ぶ季節なのだそうです。
精神的には気持ちを愉快にすべきで、怒ってはならない季節ともされています。
さて、陽気を外に向かって発散させるには、どうすればよいでしょうか。一番てっとり早い方法は、汗をかくことです。夏は気温や湿度が高いので、汗をかくのはたやすいように思われるでしょう。ところが現代のようにエアコンが普及した状況下だと、真夏でも汗をしっかりとかくことはあまりない、という人が意外と多いのです。
汗をかかないことで生じる、体への悪影響はかなり深刻です。たとえば、生まれてこのかた、エアコンで空調された環境の中で当たり前のように育った子どもの中には、汗をかいて体温調節をする機能がマヒし、平熱が朝34度台、夕方37度台…と、まるで変温動物みたいになってしまっているケースもあります。そうした子どもの多くは、成人後も気候や温度の変化に対する順応、適応がうまくいきません。
こうした症例は、汗を作り出す能動汗腺という組織が、十分に発達していないことが一因です。一般に能動汗腺の数は、2歳半ごろまで育った環境によって、左右されるといわれています。たとえば日本のような温帯地域に住む人は、東南アジアなど熱帯地域に住む人たちにくらべて、能動汗腺の平均数が少ないことがわかっています。ところが温帯地域の人でも、2歳ごろの幼少期を熱帯地域で過ごせば、能動汗腺の数がその地域の人と同程度まで増える、という研究報告があります。
一方で、幼少期に汗をかく機会が頻繁にあって、能動汗腺が発達していても、成人後にエアコンに慣れた生活を続けると、能動汗腺の機能は退化してしまうそうです。
夏の間に十分な汗をかけず、体内の陽気を発散させないままだと、そのツケは秋や冬に思わぬ体の不調という形でまわってきます。たとえば、余分な活動エネルギーがこもった体が、秋の気候に適応できないと、疲れやすさ、だるさを感じるようになります。冬の寒さにも弱くなり、代謝が悪く、かぜをひきやすくなることもあります。
このように秋冬の健康は、夏の過ごし方に大きくかかわっているのです。