「盆と正月が一緒に来たような」という、おなじみの言葉がある。非常に忙しいこと、またうれしいこと楽しいことが重なることのたとえでもある。
忙しいのは分かるが、何がうれしくて、楽しいのか。それは、休日の少なかった時代、正月と盆は、天下晴れての休日で、ことに家を離れて働いていた小僧さん、丁稚(でっち)どんたちにとっては心待ちにする日だったのだろう。今も「お盆休み」という言葉は残り、例年、帰省ラッシュが話題になる。
事ほどさように、お盆=盂蘭盆会(うらぼんえ)は日本の年中行事の代表格であり、したがって、お盆にまつわる行事もまた多い。中でも印象深いのが、迎え火や送り火、盆灯籠(とうろう)など、火を伴う行事のあれこれ。そして、お盆での火の行事といえば、誰もが第一に挙げるのが「京都の大文字送り火」である。
8月16日の午後8時。京都・東山三十六峰の一つ、如意ヶ嶽の支峰「大文字山」の西側中腹。大の字につくられた75基の火床(ひどこ)の600束の薪(たきぎ)に火がつけられる。この美しくも壮大な火の行事を、京の人々は自宅で、鴨川べりで、橋の上で静かに見守り、先祖の「魂送り」とするのである。
火による大の字は、一説に平安初期、弘法大師空海の創始とも伝えられるように、これはあくまで「魂送りの火」。「大文字焼き」などと俗に言う人もいるが、やはりきちんと「大文字送り火」と呼称すべきだろう。
京都ではこの夜、東山の「大文字」とともに、松ヶ崎の「妙法」、西賀茂の「舟形」、大北山の「左大文字」、北嵯峨の「鳥居形」の、計五つの送り火がある。総称して「五山の送り火」という。
上記は本家本元の京都の行事だが、全国には40ほどの、いわゆる「小京都」といわれる町がある。その中で、たとえば、室町期に前関白・一条教房(いちじょうのりふさ)が応仁の乱を逃れて下向した土佐の小京都・中村では、今も旧盆の7月16日に「大文字の送り火」が行われる。公家たちが京をしのんで始めた行事なのだろう。
他に、関東では大正10(1921)年に始まった「箱根強羅(ごうら)大文字焼」が有名で、こちらは8月16日午後7時30分の点火である。