富士山麓(さんろく)の山中湖、榛名(はるな)山麓の榛名湖、磐梯山麓の桧原湖、あるいは信州の諏訪湖の結氷期。氷が張り詰めた湖面のあちこちに、人がいる。小さなテントが傍らにある。ワカサギの穴釣りである。
穴釣りは、アイスドリルという専用の器具で氷に直径15~20cmほどの穴を開け、そこから糸をたらしてワカサギを釣るもの。穴から差し込む光にプランクトンが集まり、それに寄ってくるワカサギを狙うという漁法で、昔はツルハシで氷に穴を開けたという。厳寒期の山間の湖の風物詩である。
ワカサギは、本州以北の汽水域、淡水域に分布する、体長15cmほどの細長い魚。冬から春先にかけてが旬(しゅん)で、白焼き、てんぷら、南蛮漬け、刺身、煮物などで賞味される。なかでも、諏訪湖名物の「わかさぎ紅梅煮」は、梅がワカサギの型崩れを防ぎ、生臭さも消す効果を発揮した逸品である。
漁法としては、凍結した湖上からの穴釣りのほか、宍道湖(しんじこ)の投網漁、陸奥小川原湖の引き網漁などがよく知られている。
ワカサギの呼称については、「ワカ=若い、幼い、清新な」プラス「サ=小さい、細い」プラス「ギ=魚」で「清新な小魚」という意味。まさに「名は体を表す」の典型である。
漢字の表記では「公魚」が使われる。これは、江戸時代後期、ワカサギ漁の本場であった霞ヶ浦を治めていた麻生藩が、十一代将軍徳川家斉にワカサギを献上したことに由来する。つまり、将軍=公方(くぼう)さまへの献上品、あるいは公儀御用の品物ということでの「公の魚」、公魚となったようだ。
それにしても、あの凍った湖面での穴釣りの一日。初心者で20匹ほど、中級者で50匹ほど、上級者で100匹、名人クラスになると300匹も釣り上げるとか。釣ざおの穂先への繊細な「当たり」で、ワカサギとの駆け引きを楽しむ氷上のリクリエーション。この趣味のない者には、ただ危険で寒そうなだけに見えるのだけれど。