春とはいえ、夜ともなれば冷気はまだ厳しい。しかし、奈良の東大寺二月堂前に集まった大観衆は、身じろぎもせず、暮れなずむ二月堂舞台廊の欄干(らんかん)の一角を見上げている。
3月12日の午後7時30分。火の粉を振りまきながら大松明(たいまつ)を持つ童子が現れた。おおっとどよめく大観衆。大松明からこぼれ落ちるたくさんの火の粉を避けようともせず、逆に喜んでそれを浴びようとしている。そうして人々は、自らと家族の厄よけ、無病息災を願うのである。
天平の昔から、と紹介される東大寺二月堂の「修二会(しゅにえ)」。「修二会」は、国の隆盛を祈願する陰暦2月の法会だが、とくに東大寺二月堂のそれは俗に「東大寺のお水取り」と呼ばれて、古都奈良の春の風物詩となった。
2008年、平成20年で1257回目。3月の1日から14日まで行われるお水取りは、関西に春を告げる代表的な伝統行事として庶民に親しまれている。
この豪快かつ神秘的な行事は、東大寺の大仏開眼の年(752年)に始まり、それ以降、連綿として続いてきた。なかでも練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる行僧たちを導く大松明は、鮮やかな火のドラマを演出してくれる。とりわけ行事の12日目、二月堂舞台廊で次々と振り回される11本の籠松明(かごたいまつ)は、「達陀(だったん)の行」といわれるクライマックスである。
この達陀の行の日の夜半に、二月堂前の若狭井(わかさい)において「お水取り」が行われる。若狭井から汲む香水(こうずい)、それは諸々の病気、災厄を四散させるありがたい霊水である。このことから、「お水取り」は、東大寺二月堂の行事「修二会」の代名詞となった。
なお、「お水取り」に先立って3月2日、東大寺二月堂の若狭井に水を送る行事が、若狭小浜の神宮寺で行われる。そして、その行事は、当然のことながら「お水取り」に対して「お水送り」と呼ばれている。