真鯛(マダイ)は、日本人にとって「魚の王」。「古事記」にも記述があり、その体形からか、古くは平魚(タイラウオ)と呼ばれていたようだ。たぶん、鯛の語源はそのあたりだろう。
桜色の地に青緑色の小点が散在する体の色、体高の高い姿形とともに好ましく、また「めでたい」という言葉に通じることから、縁起のよい魚ということになった。とりわけ武家の文化の中で重用され、祝い膳に「鯛の尾頭付き」は最高のご馳走とされた。
食の素材としても、刺身から焼き物、汁物まで、真鯛は捨てるところがない、といわれているが、岡山の「浜焼き」、高知の「皿鉢(さわち)活け造り」などの郷土料理も名高い。
真鯛の味は、年中ほとんど変わらない。ただ、春先からの産卵期に沿岸に近づいてくるころが、いわゆる「旬(しゅん)」といわれている。この時期の真鯛は栄養たっぷり。中でも雄は性ホルモンの関係からか、体全体に桜色がひときわ鮮やかになる。季節はちょうど桜の開花期にあたり、その鯛が「桜鯛」とか「花見鯛」と呼ばれ、珍重されるゆえん。
漁法としては釣りもあるが、日本各地には「鯛網」が伝えられている。桜鯛の時期、網を絞っていくと、海中が桜色に染まるという。
真鯛は瀬戸内海のものが有名で、紀伊水道、豊後水道を抜けて内海に入り、春の産卵期はさらに沿岸による。激しい瀬戸の潮流にもまれた徳島県の「鳴門鯛」や兵庫県の「明石鯛」などが全国区のブランド。実際、脂がのり、身もよくしまって美味とのこと。普段も高級魚だが、桜鯛のころは超高級魚となる。
広島県では福山市南部、鞆の浦(とものうら)の「しばり網」という鯛網漁が華やかで、多くの観光客を集める。鞆の浦はその昔、桜鯛の漁が「ひと網千両」といわれた土地だが、今は観光漁(5月末まで)としてその勇壮さを伝えている。
姿、色、味、三拍子そろった「魚の王」だけに、ことわざ、慣用句も多く、「腐っても鯛」は、「王」ならではか。「鯛の尾より鰯(イワシ)の頭」は、名より実を重んじる人向き。「鯛も一人はうまからず」は、いくら美味でも一人で食べるのはつまらん、つまり、何事も独り占めはいかんということ。