俳句で「花」といえば桜のこと。童謡・唱歌で「花」といえば、「春のうららの隅田川……」、武島羽衣の詩、滝廉太郎の曲でおなじみのあの歌だ。学校音楽の中で長く教材として使われてきた名曲中の名曲。誰もが一度はこの歌で「ハーモニー」に挑戦したことがあるはずだ。
ただこの歌、明治期の創作だけに詩の言葉が漢文調。現代では、耳で聞いただけではなかなか分かりにくくなっている部分もある。たとえば3番の歌詞「にしきおりなす ちょうていに」の「ちょうてい」とは何か。実はこれ、漢字で書けば「長堤」。隅田川の土堤のこと。そしてこの詩のテーマはこの隅田川堤の満開の桜なのである。
隅田川は、古くは墨田川とも書き、その東岸の堤は「墨堤(ぼくてい)」とも呼ばれる。この墨堤は、江戸時代から桜の名所として知られたところ。その桜の葉の塩漬けを使った「桜餅」が考案されたのが、江戸中期の享保2年(1717)のことである。
考案者は、この地の名刹(めいさつ)、向島は長命寺の寺男、山本新六。毎日仕事として掃き集める桜の葉の利用法を考え、桜餅として門前で売り出して評判をとった。以来300年、長命寺の桜餅は、江戸、東京の名物となったのである。
この江戸、長命寺版の桜餅は、小麦粉、白玉粉などを練って焼いたクレープ状の皮で餡(あん)を巻き、それに塩漬けした桜の葉を添えたもの。
一方、いわば関西版の桜餅があり、これも実は寺の名前で呼ばれている。「道明寺」である。こちらは、道明寺粉やもち米を蒸して餡を包んだ餅菓子に桜の葉を当ててある。
両派の「桜餅」ともに、今では店によって形や桜の葉の数が異なる。これは仕方のないことだろう。ただ、いずれの桜餅でも、その桜の葉を食べるかどうかについては正解を聞いたことがない。その人の好み、あるいは食べやすいようにということでいいのだろうか。