日本の季節感の百科事典ともいえる俳句の歳時記では、「遍路」は春の季語。秋の遍路はわざわざ「秋遍路」と断ることになっている。
日本の宗教史上というより、文化、政治を含めた歴史上、天才の名にふさわしい巨人、弘法大師空海。中国より密教の奥義(おうぎ)をもたらし、真言宗の開祖となったこの名僧が修行した跡が「四国八十八箇所」である。そして、その八十八の霊場=寺院を巡礼、巡拝することを遍路といい、またそうする人をも遍路と呼ぶ。
巡礼のスタート、一番札所は阿波(徳島)の鳴門にある霊山寺(りょうぜんじ)。遍路は、ここで遍路姿を整える。基本は白装束(しろしょうぞく)。白衣に輪袈裟(わげさ)、さんや袋(頭陀袋〔ずだぶくろ〕)をかけ、足元は脚絆(きゃはん)。頭に菅笠(すげがさ)。手には金剛杖と数珠(じゅず)。体に鈴をつければ出来上がり。こうでなければならない、ということはないが、納経帖、納札、そして「お大師さん」=弘法大師の分身とされる金剛杖は大切なものとされる。
菅笠、金剛杖には「同行二人(どうぎょうににん)」と墨書される。これは、弘法大師と二人で行をするのだという意味。一番の霊山寺を含む阿波は発心(ほっしん)の道場、つまり決意を固めるところであり、次の土佐(高知)が修行の道場。続く伊予(愛媛)は菩提(ぼだい)の道場で、最終の八十八番大窪寺がある讃岐(香川)が涅槃(ねはん)の道場、迷いを払い悟りを得るところと位置づけられている。
全行程1400kmを徒歩で行く「歩き遍路」で約2カ月。蓮華(れんげ)咲く田んぼ道、桜満開の海岸線。数百年の歴史を刻む巡礼の道を黙々と歩く白装束の遍路姿は、まさに春の四国路の風物詩である。
そして、遍路に出る者たちは、敬意をこめて、この巡礼と八十八箇所のことを「お四国」と呼ぶ。