夏も近づく八十八夜、という一種の決まり文句がある。「八十八夜」を説明したフレーズなのだが、明治45年(1912)に「尋常小学唱歌 第三学年用」として発表された文部省唱歌「茶摘(ちゃつみ)」の冒頭の歌詞として全国に知られるところとなった。そして、これに続いて「野にも山にも若葉が茂る」というのだから、それはもう子どもにもわかるように、この季節のことを描写しているのである。
文部省唱歌として発表された楽曲だから、作詞作曲者も文部省の関係者だろうというだけで詳らかではない。しかし、歌詞だけでなく長調の曲調も夏に近い時期の明るさを的確に表現した、実に優れた作品となっている。ただ、タイトルを「八十八夜」だと思っている人がけっこう多いようだ。
さて、八十八夜だが、その日は「夏も近づく」のだから、当然まだ夏ではない。実は、八十八夜は「雑節(ざっせつ)」の一つ。暦の中で大きな節目となる季節の言葉としては立春とか春分とか立夏などの「二十四節気(にじゅうしせっき)」が広く知られているが、雑節はそれ以外の季節の言葉。八十八夜のほかには、入梅、土用、二百十日などが雑節としてよく使われている。
「八十八夜」は、二十四節気の「立春」つまり春のスタートの日から数えて、88日目。二十四節気の「穀雨」の最後のほう。現在の暦でいえば5月の1日か2日ということになる。
そして、すぐに5月の5日か6日にあたる「立夏」となる。まさに、「夏も近づく」というタイミング。農事としては「八十八夜の別れ霜」といわれるような遅霜に注意をする時期であり、種まきなどの繁忙期である。そして静岡、宇治といった茶どころでは茶摘みの最盛期となる。ちなみに、さきの文部省唱歌「茶摘」は、京都の宇治がモデルなのだそうだ。