鰹(かつお)という代表的な夏魚の中でも「初鰹」の価値を決定的にした俳句がある。日本人なら誰一人知らぬものがないといってもよい一句である。
「目には青葉山ほとゝぎすはつ松魚(がつお)」。
これは俳句というより、いまや初夏のあいさつになっている。
句の作者は、山口素堂(やまぐちそどう)。世に俳聖とまで呼ばれる松尾芭蕉と親友づきあいをした、江戸元禄期の著名な俳人である。素堂は、漢学、歌道、書道、儒学を修め、俳諧(はいかい)はもちろん、漢詩、茶道、能にも通じた大風流人であった。素堂は、芭蕉のように俳聖とは呼ばれなかったが、この一句で、初夏の自然と味覚に対する日本人の価値観を独占してしまった。
大趣味人の素堂先生、味にもうるさかったに違いない。それにしても先の一句、「青葉」「ほととぎす」という初夏の両横綱のような季語を重ねた上に、さらに「初鰹」を加えてしまい、初心者の句ならすぐに添削されてしまいそうな出来。しかし、ここまでやってしまえば、「初鰹はそれくらいいい!」という感じ。文句あるか!という勢いで痛快。たぶん、この痛快さが江戸っ子の気風に合ったのだろう。「女房を質に入れても食うぜっ!」という始末。
こうなると、さらにとんでもない話になる。一つの句が鰹の値段を跳ね上げた。初鰹1本3両。3両は当時、武家屋敷勤めの中間(ちゅうげん)の年俸に匹敵する値だったとか。これを歌舞伎の大看板中村歌右衛門が買い上げ、大部屋役者に振る舞ったという。さすが、千両役者のエピソードである。
春、台湾沖を北上し始めた鰹の大群は、薩摩、土佐、紀州の沖を通り、伊豆半島あたりに達するのが初夏になる。これが、江戸っ子が待っていた、相模湾でとれた初鰹。陰暦4月ごろの、いわゆる走りの鰹である。
料理としては刺し身が一番だが、土佐の郷土料理「鰹のたたき」も逸品だ。これは、いわばステーキのレア焼きの鰹版。「たたき」はステーキがなまったもの、という説もあるが、それはどうだろう。