「卯の花腐(くた)し」は、五月雨(さみだれ)の異称。もっとわかりやすくいえば、陰暦5月のころに降る長雨、つまり梅雨のこと。
さて、意味としてはそういうことだが、それがなぜ「卯の花腐し」なのか。そこが問題だ。
まず、「卯の花」とは何か。「卯の花の匂う垣根に」の歌い出しで知られる唱歌、佐佐木信綱が作詞した「夏は来ぬ」によってすっかりおなじみになっている「卯の花」だが、この植物の実態は「空木(うつぎ)」。では、なぜ空木の花のことを卯の花というのか。それは、この空木の花が、卯月(うづき)に咲く花だからである。
卯月は旧暦の4月の異称。旧暦の4月は、現在の陽暦でいえば5月の4、5日からの約1カ月。このころに立つ波のことを「卯波」というのと同じく、このころに咲く花としての「卯の花」なのである。
事典や辞書などを開けば、ほとんどのものが空木のことを「山野に普通に見られるユキノシタ科の落葉低木」といったあっさりとした記述になっている。つまり、とりたてて詳しく書くほどのこともない、北海道から九州までおおよそ日本国中で「普通」に咲いている花だということなのだろう。しかし、だからこそ卯月、日本の初夏を代表する花になったともいえる。
空木は、幹が中空になるのでこの名があるといわれている。形態がそのまま名前になっているわけで、なるほどそれよりは「卯の花」のほうが数段ゆかしいし、文化の香りがする。
次に、「腐し」とは何か。これは「腐らせる」「だめにする」「汚す」「落とす」などを意味する「腐す(くたす)」の名詞形。「ぐたし」「くだし」とも読むようだが、これも「くたし」のほうが数段ゆかしさが増す。
こうして「卯の花」と「腐し」という二つの言葉が合体してやっと「卯の花腐し」になるのだが、これは今を盛りと咲いていた卯の花を落としてしまうような長雨の季節になったということ。うっとうしい梅雨の到来も、卯の花腐しなどと呼ぶと、何とも風流なものになる。