日本三大祭といわれる祭りのなかで、日程的に最後に登場するのが、この7月25日の大阪の「天神祭」である。ちなみに、日本三大祭のあとの二つは、5月15日の東京の神田祭、7月17日の京都の祇園祭。
この天神祭は、またの名を天満祭という。大阪の天満宮の夏祭りであり、天満天神祭とも呼ばれる。現在は7月25日に本宮という日程だが、もともとは陰暦6月の25日に本宮という日程で行われていた。
「天神さん」「天満宮」ということでおわかりのように、こちらは「天神さん」菅原道真公をお祀(まつ)りする神社。全国の「天神さん」がそうであるように、1月25日の初天神に始まる縁日は、毎月25日である。したがって、7月25日は夏の大祭ということになる。
千年余の伝統を誇るこの天神祭が、大阪の代表的な夏祭りといわれ、日本三大祭の一つにあげられるのはなぜか。それは、「船渡御(ふなとぎょ)」と呼ばれる行事のユニークさとにぎやかさにあるといってもいいだろう。
天満宮鎮座のころの10世紀半ば、天満宮の崇敬者たちが大川(旧淀川)に御座船を仕立てて神様をお迎えしたのが「船渡御」の始まりとか。太閤秀吉のころにかたちが整い、以来、船の数も増え、御神霊を載せた御鳳輦(ごほうれん)奉安船や御迎人形船、催太鼓船、ドンドコ船など華麗さ、豪華さも増した。奉拝船上でクネクネと蛇踊りを踊る人たちのにぎやかさも含めて、天下の台所・難波の繁栄のシンボルのような夏祭りとなったのである。
盛況を極めた江戸時代の元禄期には、井原西鶴や近松門左衛門なども祭り見物に興じたとのこと。また、討ち入り前の大石内蔵助が妻のりくとともにこの祭りを見物したというエピソードも残る。
現代では、芥川賞作家・宮本輝の名作「泥の河」が、昭和30年(1955)ごろの大阪の情景と人情を描いているが、その背景に天神祭がうまく生かされている。さらに、同作品を映画化して国際的な評価を得た名匠・小栗康平の「泥の河」も、天神祭のころの大阪の、汗が吹き出るような暑さをモノクロの画面で活写している。