宵闇のなかから、トントントントンと、太鼓の連打が聞こえてくる。「秩父屋台囃子(ばやし)」太鼓の音。腹に響き、胸をつき、人間の原初のエネルギーを刺激する音である。その音に導かれるように、12月3日の夜、寒気厳しい山間の町・秩父(ちちぶ)は、「秩父夜祭」の興奮に包まれていく。
京都の「祇園祭」、岐阜高山の「高山祭」と並んで、「日本三大曳山(ひきやま)祭り」の一つとされる国指定重要無形民俗文化財「秩父夜祭」は、秩父市にある秩父神社の例大祭。秩父市は埼玉県西部の秩父山地にある盆地、荒川上流の河岸段丘に開けた秩父地方の中心地で、秩父神社は、この地方の総社である。
「三大曳山祭り」の一つといわれるように、この祭りの大きな特徴は、6台の大きな屋台が曳き回されること。ただ、それは祇園祭にも高山祭にも共通する。秩父夜祭が他の二つの有名な「曳山祭り」と違うところは、まさにその屋台を曳くのが、夜であること。「夜祭」といわれるゆえんである。
12月3日、夜の帳(とばり)が秩父山地を包むころ、秩父神社から近くの御旅所(おたびしょ)まで、神輿(みこし)の渡御(とぎょ)に6台の屋台が従い、市街を曳き回される。そのなかで「団子坂」の上り下りが最大の見ものといわれ、秩父屋台囃子の太鼓がひときわ激しく打ち鳴らされるなか、屋台に飾られたぼんぼりや提灯(ちょうちん)がゆれ、祭りは最高潮となる。
国の重要有形民俗文化財に指定されている豪華な屋台は、2台の傘鉾(かさほこ)と4台の屋台で構成されている。そして、曳き回しだけでなく、屋台に独特の装置として設けられた張り出し舞台では、「曳き踊り」や「秩父歌舞伎」も演じられる。
屋台は、300年の伝統のもと、それぞれの町内会で保持され、その各町内会が、祭りの主体となっている。あくまで「氏子の祭り」というニュアンスを色濃く残しているところが、他の観光色の強い祭りと一線を画すところ。それは、明治初期、最後の村一揆(いっき)といわれた「秩父困民党」事件を闘った、この地方の人々の心意気かもしれない。
毎年、20万人の人出といわれているが、それに加えて華やかな冬の大花火がいっそう夜祭りを盛り上げている。