栃木県の烏山(からすやま)町は、2005年に南那須町と合併して「那須烏山市」となった。しかし、450年の伝統を誇る絢爛(けんらん)豪華な「山あげ祭」は、当然のことながら従来どおり旧烏山町の市街で展開される。炎天下の7月下旬、第4週の金、土、日曜日の3日間の祭りである。
ここでわざわざ「市街で展開される」と書くのは、この「山あげ祭」が「日本一の野外劇」を繰り広げる祭りだからである。神事、祭礼には神楽(かぐら)や相撲などの「奉納余興」が付き物だが、烏山の八雲神社の場合は享保、宝暦年間に歌舞伎舞踊が行われるようになったという。これが250年ほど前のこと。そうして、上演のための舞台や舞台装置、背景も大掛かり、本格化し、150年ほど前の幕末には現在の「野外歌舞伎」の形になった。
「山あげ祭」の名前の由来となっている「山」とは、歌舞伎舞踊の舞台の「背景」のこと。この「山」を祭りの時に建てるのが「山あげ」である。観客の前に舞台が作られるだけなら普通だが、この祭りは舞台の背景がすごいことになっている。
どうすごいのか。まず道路上に豪華な屋台(山車〔だし〕)が出て、そこに舞台が作られる。露天に舞台だけだから背景はなし。その、つまり素通しの舞台の後方に大山、中山、前山、そして館、橋、波といった、舞台美術でいう「大道具」や「装置」を並べる。もちろん「だしもの」によってそれは違ってくるが、いずれにせよ舞台後方の道路上に、それもなんと約100mにわたってそうした「山」を並べる。舞台の後ろへ、後ろへと置いていき、それぞれが観客の目に対する遠近法の効果を生かした大きさと距離が考えられている。素晴らしい「野外舞台」である。しかも、それらの「山」には様々な「仕掛け」がある。
そして、「だしもの」の進行に従って、指揮者(木頭〔きがしら〕という)が拍子木(ひょうしぎ)をたたくと、「山」=装置や大道具がガラッと変化する。舞台上の踊りとあいまった舞台効果。その息の合った動きはまさに「妙技」。たとえば「将門」の妖術使い、滝夜叉姫の大立ちまわりと仰天の「山仕掛け」。こうしたいくつかの「だしもの」が市街各所で繰り広げられる。各町の屋台巡行とともに、烏山の町が巨大な野外劇場と化す。全国に比類のない、国指定の重要無形民俗文化財。必見の夏祭りである。