中国で1966年から76年にかけて起こった大規模な政治運動、権力闘争。正式名称はプロレタリア文化大革命で、略称は文革。農工業の急速な発展を目指した50年代の大躍進運動が失敗に終わった後、中国共産党における路線対立を背景に毛沢東が主導した。66年5月16日に採択された党の通知によって本格的に開始したとされる。毛は失政で低下した自身の求心力を取り戻し、政敵を攻撃するために革命の継続を主張して大衆を扇動。毛を崇拝する学生らによって紅衛兵が組織され、資本主義的だとみなされた知識人や旧資産家層などが中国全土で暴力を伴う迫害を受けた。毛の政策からの路線転換を図っていた劉少奇やトウ小平ら党幹部は、資本主義の道を歩む「実権派」と呼ばれて激しい批判にさらされ失脚。また、既存の権威の象徴とされた文化遺産などが数多く破壊された。76年9月に毛が死去し、翌月に文革を推進していた党幹部の四人組(毛沢東夫人の江青のほか、張春橋、姚文元、王洪文)が逮捕されて終結したが、中国社会は約10年間にわたって大きな混乱に陥り、その間に1000万人以上が命を落としたとする説もある。共産党は81年6月、文革について党や国家、各民族人民に多大な災難をもたらした内乱であると全面否定する決議を採択。文革開始50年にあたる2016年5月16日の翌日には、共産党の機関紙である人民日報が「文革は完全な誤りだった」とする論評を掲載した。