2007年12月、愛知県大府市で当時91歳だった認知症の男性が列車にはねられて死亡した事故で、家族が監督義務を怠ったとして、JR東海が振り替え輸送費など約720万円の損害賠償を求めて訴えた裁判。民法713条では、重度の認知症患者のように責任能力のない人が他人に損害を与えた場合、損害賠償責任を負わないと定められている。ただし、714条において、責任能力のない人の監督義務者、もしくは監督義務者に代わって責任無能力者を監督する人が責任を負うとしている。裁判では、同居して介護に当たっていた妻、および離れて暮らしながら介護に携わってきた長男が、監督義務者に当たるかどうかが争点となっていた。一審の名古屋地方裁判所は13年8月、男性の妻の責任を認め、長男も事実上の監督義務者でありながら適切な措置を取らなかったとして、妻と長男に全額の支払いを命じた。14年4月、二審の名古屋高等裁判所は、20年以上、遠方で別居していた長男に監督義務はないとしたが、一審に続いて妻の責任を認め、半額の支払いを命じた。16年3月1日、最高裁判所で上告審判決が下された。判決では、家族が監督義務者に当たるかどうかは、同居の有無、介護の実態、財産管理などの日常的な関わりの程度などを総合的に考慮して判断すべきであるとの考えを初めて示したうえで、この事案では、妻が自身も高齢で、要介護認定を受ける立場であったこと、長男の別居などを理由に、妻と長男どちらも監督義務者に当たらないとして二審判決を破棄し、JR東海の請求を棄却。家族側の逆転勝訴が確定した。判決は裁判官5人が全員一致で支持。ただし、このうち2人は、長男は監督義務者に準ずる立場にはあったが、自分の妻を男性の近くに住まわせるなど、義務を尽くしていたために責任を免れるという意見を示した。