クルト・マズア。指揮者。
1927年7月18日、ドイツ東部のシレジア(現ポーランド領)生まれ。ブレスラウ音楽学校でピアノとチェロを学び、46年からは東ドイツのライプチヒ音楽院で指揮、作曲を学ぶ。48年に同学院を卒業した後は東ドイツ国内の楽団で指揮者を務め、55年にドレスデン・フィルハーモニーの指揮者に就任。70年には名門楽団として知られるライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団の常任指揮者となり、注目を集めた。72年からは同楽団音楽監督も兼任。ベートーベンやブラームスなどを得意とし、東ドイツを代表する指揮者の一人と目された。89年に同国で民主化デモが激化した際には、政府とデモ隊の双方に暴力の自制を求め、流血の事態回避に尽力。同年、ベルリンの壁が崩壊し、90年に東西ドイツが統一されると、無血革命の立役者と称賛された。91年から2002年までニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督を務めたほか、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者やフランス国立管弦楽団音楽監督も務めるなど、国際的に活躍した。妻は日本人の声楽家のマズア偕子(ともこ)。15年12月19日、自宅のあるアメリカで死去。88歳。