日本国憲法では、首相は国会の指名によって選ばれることになっている。衆議院と参議院の議決が違った場合には、最終的には衆議院の議決が優先する。それに対して首相を一般有権者の投票によって直接に選ぼうというのが首相公選制である。戦後の日本では、中曽根康弘元首相が早くに1950年代から提唱していたが、平成に入ってからの政界の混乱の中で復活し、小泉純一郎首相就任に前後して国会の改憲論議とともに、にわかに大きな話題になっている。国民が直接に首相を選べば、首相は国民に対してもっと責任を負うことになるであろうという議論である。その背後には、政党、特に長年与党であった自民党の総裁-首相選任過程に対する不信感がある。
党規律の強い二大政党制のイギリスでは、小選挙区の有権者は候補者個人よりも候補者の政党を意識して投票する。さらには自分の支持政党の党首を首相に選ぶことを意識して投票する。そこでは首相は事実上、直接に国民から選ばれている。アメリカでは上下両院議員はいずれも地方の代表であり、議会内の政党の規律は弱い。全国民を代表する公務員は大統領だけである。日本で首相を公選すれば、首相はアメリカ大統領に似た地位に立つことになるが、その場合、事実上の国家元首である天皇との関係が問題になるであろう。他方、全国一区の比例代表制のイスラエルは少数政党が乱立するため、96年に首相公選制を導入したが、政党の乱立がかえって強まり、2001年に廃止されている。日本は中央ではイギリス風の議院内閣制、地方でアメリカ流の大統領制に似た制度をとっているが、何人かの知事に清新なリーダーシップが見られたことも、首相公選論が高まる原因となった。