安倍晋三内閣総理大臣が2016年8月、ケニアにおいて開催されたアフリカ開発会議(TICAD VI)の基調講演で明らかにした日本の外交戦略。国際社会の安定と繁栄の鍵を握るのは、成長著しいアジアと潜在力溢れるアフリカの「二つの大陸」、自由で開かれた太平洋とインド洋の「二つの大洋」の交わりによって生まれるダイナミズムであるとの認識の下に、それらを一体として捉えて外交を展開する意思を示した。アジアで根付いた民主主義、法の支配、市場経済の下での成長、そしてそれらが生んだ自信と責任意識を、「自由で開かれた」インド太平洋を通じてアフリカに広げ、その潜在力を引き出し、地域全体の安定と繁栄を促進するという構想を謳っている。
「インド太平洋」という概念は必ずしも日本のオリジナルではない。公的レベルでは10年10月にヒラリー・クリントン国務長官(当時)がスピーチで用いたのが最初と言われる。10年代前半にはオーストラリアやインドの閣僚の演説や公的文書に登場し、アジア太平洋諸国の官民の研究対象にも取り上げられるようになった。こうして、10年代からアジア太平洋地域において議論されるようになった「インド太平洋」という新しい地域概念と、その対抗概念である中国の「一帯一路」政策との競合状況、アジア太平洋地域の民主主義国家の団結に対する安倍内閣の関心、そしてインフラ輸出を一つの柱とする安倍内閣の経済成長戦略が結びついて構想された外交戦略である。
具体策として想定されているのは、東アジアを起点として、南アジアから中東、アフリカまで、インフラ整備や貿易・投資、ビジネス環境の整備、開発、人材育成などを展開するとともに、アフリカ諸国に対しては開発面に加えて政治面・ガバナンス面でも国づくり支援を行うことなどである。壮大な戦略であるだけに、アメリカやインドといった地域の民主主義諸国との協力が重視されている。すでにインドとの間では、16年11月の首脳会談時に共同声明が発表され、本戦略とインドの「アクト・イースト政策」を連携させて相乗効果を高めることにより、インド太平洋地域の安定と繁栄を主導していくことで合意した。