1948年に国連総会が採択した決議で、世界的レベルで保護されるべき人権の実体を明確化した初めての包括的文書。平和と人権の密接な関係を深く認識した国連は、憲章で人権と基本的自由の尊重を規定するものの、その時点では具体的内容まで明示することができなかった。そこで経済社会理事会の補助機関として国連人権委員会(現在は国連人権理事会)を設置して、全30カ条の宣言の起草に当たらせた。宣言は総会決議として法的拘束力に欠けるが、前文には「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」と明記され、各国の憲法や判決に頻繁(ひんぱん)に引用されてきたこと、憲章規定の補完・解釈と性格付けられることなどから、慣習法として確立したといわれている。