インド中心の南アジア世界というイメージは1990年代以降、大きく変化した。変化の一つの要因は大国化した中国の南アジア地域への進出である。まず貿易関係をみれば、中国との貿易額(主に輸入額)は、パキスタン(111.1億ドル〈2011年度、IMF統計、以下同じ〉)、バングラデシュ(68.8億ドル)の2国では、インドとの貿易額を上回る。スリランカ(22.3億ドル)とネパール(13.1億ドル)でも、中国はインドに次ぐ第二の貿易相手国である。アフガニスタン(2.57億ドル)とモルディブ(1.07億ドル)でも中国との貿易額は第3位である。なによりも、インド自体にとって、中国は輸出額で191億ドル、輸入額で553億ドルという、大きな貿易相手国となっている。インドは鉄鉱石や綿花などの資源を輸出し、工業製品を輸入するという構図がある。政治・軍事関係では、1962年の中印国境戦争前後から、中国はインドと対抗するパキスタンとの間に、「全天候型」と呼ばれる特別に親密な関係を構築してきた。近年ではJF17戦闘機の共同開発、早期警戒機や視界外射程空対空ミサイル(BVRAAM)の売却など、中国はパキスタンの対印防衛にとって中核的な兵器の輸出国である。またバングラデシュ、さらにスリランカには旧型のF-7戦闘攻撃機を売却している。中国は武器輸出額22億ドル(2012年)と世界第5位の輸出国だが、パキスタンとバングラデシュが合計で中国の総輸出額の62%近くを占めている。スリランカも北部タミル人の武装闘争の鎮圧に中国のF-7戦闘攻撃機などが決定的な役割を果たした。中印関係をみれば、中国はインドと敵対ばかりではない「協力と競争」の関係にある。13年10月には、シン首相の訪中時に、国境での紛争を回避するための信頼醸成措置として、インド・中国国境防衛協力協定(BDCA)が締結された。協定は相互の武力行使を否定し、国境の要所での定期的な接触、部隊に関する情報の相互提供、両国陸軍の交流をうたった(陸軍の共同演習は13年11月の雲南を含め過去3回)。海洋での競争関係は、中国がアンダマン海からマダガスカル沖まで、対抗してインドが南シナ海から日本沿海へと相乗り入れる形で進んでいる。中国のインド洋進出の手掛かりは、相手国から建設や管理権を委ねられているミャンマーのチャウピュー、スリランカのハンバントタ、パキスタンのグワダルなどの港湾である。この動きは「真珠の首飾り」などとして、日米印や周辺諸国の警戒を招いているが、当面は経済的な価値が優先したものである。(→「インド・中国関係」)