2006年12月10日、チリのピノチェト元大統領(将軍)が死去した。享年91歳。これにともない同元大統領に対する軍政下(1973~90年)での人権侵害に関する裁判に終止符が打たれた。同将軍はスペイン当局の要請により98年10月に滞在中のロンドンで逮捕されたが、イギリス政府が「裁判の審理に耐えられない」という医師団の判断を認めて釈放したため、2003年3月にチリに戻った。帰国後、死のキャラバン事件(クーデター直後の1973年10月、人民連合派活動家72人が逮捕・拘留後、裁判なしに処刑された事件。うち16人が行方不明)、コンドル作戦(南米諸国の軍部がチリ、アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、パラグアイ、ウルグアイの反軍政派の逮捕、身柄引き渡し、情報交換などで協力した)、コロンボ作戦(75年の119人の政治犯殺害)などの人権侵害事件のほか、公金横領事件などで裁判にかけられていた。