コンゴ民主共和国(旧ザイール)で続いた内戦。同国は1960年にコンゴ共和国として独立したが、コンゴ動乱を経て、65年にクーデターで政権を掌握し自ら大統領となったモブツによって、71年にザイールに改称。その名は97年の同政権崩壊まで続いた。94年、反モブツ勢力はロラン・カビラを議長とするコンゴ・ザイール解放民主勢力連合(ADFL)を結成。ADFLはルワンダ、ウガンダ、アンゴラなどの軍事支援でモブツ政権の国軍を圧倒し、97年5月新政権樹立に至った(同月、国名をコンゴ民主共和国と改めた)。しかし98年8月、ルワンダと対立し内戦再開。カビラ大統領は鉱物資源の権益供与などと引き換えにアンゴラなど6カ国の支援を取り付け、一方、反政府軍のコンゴ民主主義連合(RCD)はルワンダとウガンダによって支援されるという、アフリカ8カ国以上を巻き込んだ現代アフリカ最大の国家間紛争となり、初のアフリカ大戦とも呼ばれた。99年7月、カビラ政権とルワンダなど6カ国間の停戦協定(ルサカ協定)が調印され、収束に向かった。なお2009年1月、国際刑事裁判所(ICC)はコンゴ内戦下での戦争犯罪者として逮捕された武装勢力リーダーの初公判を開いた。また、カビラ政権下で副大統領であった野党リーダーのベンバも、隣国の中央アフリカ共和国で内戦中に行われた戦争犯罪と人道に対する罪で05年5月に逮捕され、現在ICCで公判を待っている。