1990年代に本格化したリベリア内戦は、チャールズ・テーラーの率いる反政府勢力が97年の選挙で勝利して終止符が打たれ、一時は平和機運が生まれた。しかし90年代末に至り、あらたな反テーラー政権勢力の軍事進攻で、再び内戦に突入した。この内戦は一般に第二次リベリア内戦と呼ばれ、武器とダイヤモンドの密売とからみ、隣国のシエラレオネ内戦とも連動した。03年反テーラー政権武装勢力は首都に向けて政権奪取を目指し、テーラー政権は停戦に追い込まれた。テーラーは、その統治の非人道的残虐性を内外から弾劾され、ナイジュリアに亡命。しかし06年にはその非人道的罪状で逮捕され、オランダの国際刑事裁判所内に設置された特別法廷で裁判にかけられている。第二次内戦後リベリアでは、05年に初の民主的選挙が実施され、元国連女性官僚のエレン・サーリーフが大統領に選ばれた。同大統領は11年にノーベル平和賞を授与され、その直後に開催された大統領選挙で再選された。それに対して野党やマスコミは、選挙キャンペーン期間中の特定候補への授与行為はあまりに政治的である、と批判した。リベリアはサーリーフ大統領の当初の公約にもかかわらず、汚職と貧困が恒常化し、経済は外国援助に強く依存し続けており、内需主導と雇用創出型経済の創出が課題となっている。(→「リベリア」)