能力形成(学力・人格の形成を含む)を主要な目的・機能とする教育は、経済学的には、人的資本への投資(教育投資)と言える。この投資は社会レベルと個人レベルの両方で行われている。社会レベルでは、教育を通じて形成される人々の能力の水準が高くなれば、労働生産性が高くなり、企業や社会の生産力も向上し、その結果、経済水準も向上すると考えられるから、国(や地方自治体など)はそれぞれに教育投資を行うことになる。他方、個人レベルでは、教育を通じて能力を高め、より高い教育資格(学歴)を取得すれば、就職や昇進に有利となり、所得・報酬も多くなると考えられるから、個々人(各家庭)それぞれに教育投資を行うことになる。これらの投資は、教育に必要な費用を負担することでもあるから、その費用を誰が負担するかによって、公費負担(公的投資)と私費負担(私的投資)に大別され、各国の教育投資水準は一般に、公的投資(公財政教育支出)と私的投資(家計支出)の金額や割合によって測定・検討される。日本の教育水準は、例えば経済協力開発機構(OECD)のPISA(ピサ)や国際教育到達度評価学会(IEA)のTIMSS(ティムズ)といった国際比較学力調査でトップクラスの成績を維持してきたことにも表れているように、国際的には非常に高いと言えるが、国の教育投資水準は国際的に高いとは言えず、むしろ非常に低い。OECD「図表で見る教育OECDインディケータ」(2011年版;2008年データ)によれば、日本の公財政教育支出の対GDP比は3.3で、OECD加盟国平均5.0よりかなり低く、最下位となったが(それまでは下から2番目)、こうした低水準は十数年続いている(一般政府総支出に占める公財政教育支出の割合も同様で、OECD諸国平均13.3%に対し日本は9.5%でしかなく、OECD加盟国中の最下位)。このような公的投資水準の低さは、教育費の公費負担割合にも表れていて、初等・中等教育段階は公費負担割合が89.9%でアメリカ、ドイツやOECD平均と同水準にあるが、高等教育段階は私費負担割合が67.8%でアメリカとほぼ同じ水準にあるものの、フランス、ドイツやOECD平均と比べて非常に大きくなっている(就学前教育段階も同様)。これは、初等中等教育では公立学校在籍者が圧倒的に多いのに対し(私立在籍者の割合:小1.2%、中7.1%、高校30%)、高等教育では私立の在籍者が多く、専門学校96%、短大94%、大学(大学院を含む)74%となっているからである(幼稚園は81%)。このように日本は、特に高等教育で私立在籍者が非常に多いのに、公的投資が少なく、私費負担が多いために、高等教育機会の階層差(家庭の経済力による格差)や私学の経営・教育環境という点で、欧米先進諸国に比べて、より大きな問題があると言える。こうした問題に対処するためにも公的投資の拡充が求められるが、その対処策として、私立学校が重要な役割を果たしていることを踏まえ、私学振興施策(私学助成)が講じられてきた。具体的には、私立学校を設置・運営する学校法人に対する税制上の優遇措置に加えて、(1)教職員の人件費や教育研究に係る経費などの経常費に対する補助、(2)施設整備費に対する補助、(3)日本私立学校振興・共済事業団を通じての貸し付け、が行われている。このうち特に予算額も大きく重要なのは(1)であるが、2011年度予算では、「私立大学等経常費補助」が3209億円、「私立高等学校等経常費助成費補助」(対象は私立の幼稚園から高校まで)が1002億円となっている。この補助金額が多いと見るか少ないと見るかは意見の分かれるところでもあろうが、在学者1人当たりで見ると、高等教育段階の場合、日本は4923ドル(交換レート90円として約44万円)だが、ドイツの1.1万ドルやイギリス・フランス・アメリカの約1万ドルの半分以下でしかない。日本では最近、大学生の学力低下や、学生定員を確保できない大学や教育の質に問題がある大学が少なくないといったことが問題視され、大学教育の質向上と大学生の学力向上を図るためにも大学数を減らすべきだという意見も目立つようになっている。しかし、そうした議論や考え方は、大学教育のユニバーサル化が世界的な趨勢(すうせい)であることや大学教育を受ける機会の公平な保証という点を踏まえるなら、妥当かつ公正なものだとは言えない。また、私立の大学等の在籍者が多いということは、家計がその教育費を負担しているということでもあるから、内需の拡大と経済の活性化に寄与しているという点でも重要である。