長崎県・有明海の諫早湾奥部を潮受け堤防で閉め切り、農地などにする農林水産省の事業。奥部は1997年に閉め切られ、国内最大級の干潟が消えた。当初計画では1800ヘクタールだった干拓面積は、2002年の事業計画変更で約2分の1に縮小された。干拓事業は06年度に完成の予定だったが、04年8月の佐賀地裁による工事差し止め仮処分決定で、約9カ月間工事が中断。05年5月には福岡高裁で仮処分が取り消されて工事が再開されたが、完成予定が07年度にずれ込んだため、時のアセスメントの対象になった。九州農政局の国営事業再評価第三者委員会は06年7月、事業の07年度内早期完成を追認し、事業継続を答申。07年11月には主要工事が終了したとして完工式が行われた。しかし、10年12月、福岡高裁で潮受け堤防排水門の開門を命じる判決が出たのを受け、菅直人首相(当時)が上告しなかったために判決が確定。開門を求める佐賀県と反対する長崎県との対立をはじめ、地元でも賛否が分かれ、混迷の度を増した。11年9月、有明海沿岸の佐賀、福岡、熊本3県の漁連・漁協でつくる「諫早湾干拓事業対策委員会」は、全開門調査の実施を農水省に要望した。