「死」は、人間の社会において日常的に起こっていることであることから、明確な定義がなされていると思われていた。しかし、実際にはわが国の法律においても「死の定義」そのものの存在はなく、社会通念としての「死」の概念を前提に法律の解釈がなされてきた。その「死」について、社会が改めて定義を確認する議論に向かった契機が「脳死」問題の登場であった。呼吸停止、心拍停止、瞳孔の散大を基準とした従来の「三徴候説」による「死」を、人工呼吸器によって呼吸は確保されているが脳機能が不可逆的に停止した「脳死状態」を「死」とする「脳死説」に変更しようという議論が起こったとき、「死」とは、生物学的・医学的に一律的に定義することは困難であり、社会的・文化的な文脈で形成されている概念であることに社会が改めて気づいた。「脳死状態」を「人間の死」と認めるかの議論が続いている。