頭部外傷や脳出血、クモ膜下出血、脳梗塞、心停止後には重度の脳障害が発症することがある。そのような患者に対して、罹患後できるかぎり早い段階(数時間以内)から脳を冷やすことによって神経細胞を保護し、損傷の拡大を抑えようとするのが脳低温療法である。脳では、通常、血液が冷却水の役割を果たして熱を取り除いている。しかしながら、突発した脳障害急性期には、脳浮腫により血液循環が障害されるため、脳温は体温より1~3度も上昇し、44度にもなる場合がある。そのような高脳温状態では、代謝の亢進に酸素の供給が追いつかず、また、神経細胞を障害する興奮性アミノ酸の放出やフリーラジカルの産生が促進されて、脳損傷がさらに拡大進行する。その際、冷水が循環するゴムマットやアルコール湿布等で体全体を冷やし、脳温を低下させると、代謝が低下して酸素欠乏状態が是正され得る。同時に、神経障害物質の活性を減弱させる効果も期待され、結果的に脳損傷の進行を抑えることができると考えられる。ただし、低体温状態では感染症や重篤な不整脈等の合併症が起こりやすいため、脳保護に効果があり、かつ、合併症が比較的起こりにくい32~34度程度の軽微脳低温状態が推奨されている。そのような状態を2~7日間ほど維持し、約1~2日かけてゆっくり復温する。わが国では、日本大学のグループが1991年より始め、従来の治療法では脳死や植物状態に陥ってしまうような最重症患者の75%を救命し、約60%を「後遺症無し」または「軽い後遺症のみ」の状態まで回復させることに成功した。