同位体とは原子番号が同じで質量数の異なる核種のことで、放射線を出して崩壊する核種を放射性同位体、崩壊しない核種を安定同位体と呼ぶ。例えば、質量数12の最も豊富に存在する炭素(12C)とわずかに存在する質量数13の炭素(13C)は互いに安定同位体である。
同様に、水素、窒素、酸素などにも安定同位体が存在し、これらの自然界での存在比は、2H/1H=0.0115%、13C/12C=1.12%、15N/14N=0.363%、18O/16O=0.201%等となっている。化合物を構成する元素を同位体で置換すると物理的・化学的性質が変化する。これを同位体効果と呼ぶ。安定同位対比質量分析装置と周辺機器の近年の発展により、化合物別に安定同位対比を測定する(compound-specific stable isotope analysis)ことが可能となり、環境汚染物質の起源や挙動を解明するために同位体効果を利用することができるようになった。
例えば、環境中で化学物質が自然浄化により分解しているか否か、あるいは分解速度を測定することは、希釈などによる濃度低下が同時に起こっているので大変困難であるが、分解や合成反応の際に、一方の安定同位体が選択的に選ばれる現象を利用すれば、反応速度を解析することが可能である。また、大気中の二酸化炭素を原料とする光合成を出発点とする食物連鎖を通して合成された化合物と、石油を原料として合成された人工化合物では、安定同位対比が異なるため、起源の区別が可能である。これはオリンピックのドーピング検査にも応用されていると言われる。さらに、産地の違いによる原料の同位対比のちがいにより生産者を特定できる場合もある。他方、揮発や吸着などの物理的な移動も安定同位体効果による同位体分離を起こし、化合物の環境中移動の解析に利用される。このように、安定同位体の環境科学への応用が広がっている。