iPS細胞(人工多能性幹細胞)の応用が盛んに進められている。研究は(1)iPSから新たな細胞への誘導、(2)新薬開発などに向けた薬効評価、(3)疾患モデルの作製という方向性に大別される。現在、その適用がもっとも期待されているのは(2)であり、すでにALS(筋萎縮性側索硬化症)の発症を抑える薬のスクリーニング(screening 標的とするたんぱく質の細胞表面に結合して、活性を発揮する物質の探索)に利用されている。(1)では、卵子や精子などの生殖細胞のもとになる始原生殖細胞を作製し、卵子に成長させることに成功したほか、神経上皮様幹細胞作製による脊髄損傷の回復、がんや侵入してきたウイルスを攻撃する免疫系のT細胞の作製、インスリン分泌を行うランゲルハンス島(膵島)、パーキンソン病治療に向けたドーパミン産生細胞、脂肪を燃やす褐色脂肪細胞、加齢黄斑変性を治療しうる網膜色素上皮細胞などの作製に成功しており、臨床応用に向けた取り組みが盛んである。がん化の問題がクリアできれば極めて有益な技術となると期待されている。(3)では、ウイルスを使わずにiPS細胞から疾患モデル細胞を作製する技術が開発されている。さらに変わった応用例として、超長寿者からiPS細胞を作製し、長寿解明に取り組む試みや、日本のトキの復活や絶滅危惧種の保存などに役立てる試みも検討され、iPS細胞の研究は著しく発展している。
iPS細胞は、組織工学の発展にともない、今まで困難であった組織への培養が可能になってきた。一方、立体構造を構築することは難しく、一次元や二次元の培養に比べ、酸素供給や栄養供給など課題もあった。しかし最近では、血管も含めた組織再生を念頭に、iPS細胞を利用した立体構造の構築が研究されており、横浜大学の福田淳二准教授らは血管細胞とiPS細胞を一緒に培養することで、血管のような構造を有する肝臓組織を、熊本大学の西中村隆一教授らのグループはマウスのES細胞とヒトのiPS細胞を培養して三次元の腎臓組織をつくることに成功している。このようなiPS細胞の研究の発展とともに、目的に応じたiPS細胞を迅速に提供するため、iPS細胞ストックが計画されている。