どこから見ても完全に対称な球形の卵細胞から非対称な生き物の形が生じるのはなぜか。その基本的なメカニズムに関心をもったイギリスの数学者A.チューリングはこれに対する数学からの一つの解答として、1952年の論文で単純な微分方程式モデルを提案し、化学反応と拡散過程のみの働きで均一な場が不安定化して不均一なパターンが生じることを示した。チューリングが考えた反応拡散系(reaction-diffusion system)のように自己増殖の性質をもついわゆる活性化因子(activator)と、それに誘発されて生成されかつそれを抑制する抑制因子(inhibitor)が結合した系では、物質拡散によってむしろ濃度パターンが不均一化してしまうという一見常識に反する現象が生じる。ただし、そのためには抑制物質が活性化物質より早く拡散することが必要である。なぜなら、活性化物質の自己増殖を抑えるべき抑制物質が早い拡散によって周囲に流れ出てしまい、抑制が効かなくなるのが不安定化の原因だからである。現実の化学反応系を用いたチューリングパターンはチューリングの予言からおよそ40年後にようやく実現された。自然界のさまざまな散逸構造(dissipative structure)がこのような対称性の自発的破れによって生じることは今日よく知られている。シマウマやキリンや魚の体表に見られる縞模様もチューリングパターンの一種と見なされることが95年に名古屋大学の近藤滋教授らによって論じられた。