さまざまな対称性(symmetry)をもつ物理法則に従って実現される状態は、しばしばその対称性を破っている。素朴な例では、表裏が同じプラスチックの物差しを両端から押し付ければ必ず対称性を破ってどちらかに曲がるだろう。また、物質分子の運動を支配する法則においては、空間はどの方向も平等な資格をもっているが、結晶化すると結晶軸として特定の方向性が現れる。結晶化に限らず超伝導や磁化(magnetization)の発生など多くの相転移現象も対称性の破れを伴う。対称性の破れはミクロ、マクロを問わず自然の普遍的な原理であり、自然現象に限りない多様性をもたらしている。対称性が破れた世界の経験事実に基づいて帰納的に推論される物理法則は、それ自体がより高い対称性をもつ法則の限定された(対称性が破れた)姿である可能性が高い。素粒子物理学(particle physics)は、そのような見地に立って未知の(最高度に対称性の高い)法則を探求する学問であるといえよう。また、チューリングパターンや自励振動(→「散逸力学系」)のようなマクロな世界の自己組織化現象も、対称性の破れの立場からその普遍的な意義がよりよく理解される。