熱力学第二法則(second law of thermodynamics)はエントロピー(entropy)という物理量が減少するような過程がありえないことを主張するが、統計力学的にはエントロピーは確率的な量なので、第二法則が成立するのはマクロな体系についてのみであり、微小な系、たとえば一個のモーターたんぱくなどでは、それが一時的に減少する確率もゼロではない(→「不可逆過程」)。したがって、十分マクロならエントロピーが一定速度で生み出され続けるはずの非平衡定常状態でも、実際にはエントロピー生成速度は確率的にゆらぎ、負にもなりうる。この事実を定量的に表したものがゆらぎ定理と呼ばれる法則であり、E.エヴァンスらによって1993年に提案され、後年理論的にも実験的にもその確証が得られた。それは時間tにわたるエントロピー生成速度の平均値がA(正とする)である確率と-Aである確率の比が指数関数的にA×tとともに増大するという単純な法則である。Aは体系のサイズに比例した示量変数なので、マクロの極限ではこの比が無限大になって、熱力学第二法則に帰着する。熱平衡から遠く離れた状態で一般的に成り立つ統計力学の法則はこれまでほとんど知られておらず、それゆえ、ゆらぎ定理はきわめて貴重な発見である。一分子測定など生命現象を探る技術の進歩が著しい今日、この定理は基礎物理学を越えた応用上の意義ももつものと期待されている。