単独状態の中性子はベータ崩壊(beta decay)を起こして陽子と電子と反ニュートリノの3粒子になるが、崩壊する素粒子の中では例外的に約15分と長寿命なので、寿命の測定が非常に難しく、これまでにも改訂が繰り返されている。日本のJ-PARCには中性子回折を用いた物質・生命科学実験施設(MLF ; Materials and Life science experimental Facility)があり、これを用いた中性子寿命の測定がなされている。現在の測定値はアメリカ国立標準技術研究所(NIST)の887.7秒、フランスのラウエ・ランジュバン研究所の878.5秒と、約9秒もの差がある。前者はパルス化ビームを用い、中性子の崩壊によって生じた粒子を観測するビーム法、後者は容器に多量の中性子を閉じ込め、一定時間後に残存している中性子の数を数えるボトル法の実験となる。NISTの実験はMLFのビーム法を高度化したものであり、平均速度約2kmの偏極中性子ビームにスピン逆転装置で長さ40cmぐらいのビームを切り出して、その集団の中性子の崩壊数を崩壊にともなって発生する電子の検出で数える。
身近な素粒子である中性子の寿命の精密測定は、ビッグバン元素合成や星の爆発の基礎となると同時に、素粒子標準理論を越える効果の発見につながる可能性もある。