アトムキュールともいう。陽子(→「原子」)の反粒子である反陽子(マイナスの電荷をもつ陽子)は1056年に発見されたが、物質中では存在できないと考えられてきた。しかし1990年代になって、東京大学のグループが、反陽子をヘリウムに注入すると、予想されたps(ピコ秒 pは10-12=1兆分の1)の寿命よりはるかに長い3μs(マイクロ秒 μは10-6=100万分の1)の寿命をもつことを見いだした。ヘリウムは、陽子2個と中性子2個で構成した原子核と、その周囲を回る電子(1sという軌道にあるため、1s電子という)2個から成り立っている。マイナスの電荷をもつ反陽子がヘリウム原子核のプラスの電荷に引き寄せられて近づくと、ヘリウムの1s電子を追い出し、その位置におさまる。電子の代わりに核外に陽子をもつこの系は、エキゾチック原子(exotic atom)とも呼ばれる。さらに詳細に検討すると、残った1s電子は「電子の雲」として分布しているのに対し、反陽子は電子のエネルギーの大きさの目安になる主量子数が約36と大きく、原子核から遠く離れているため、古典的に振る舞う。すなわち、原子核の周りを同心円状に電子が回っているというボーア模型のように軌道をゆっくりと回っている。したがって、この系はヘリウムの原子核と反陽子、それに残った1s電子からなる二原子一電子系と見なすことができる。つまり、原子(atom)でありながら分子(molecule)のような性格をもつことから、この系に対してアトモキュールという名称が与えられた。他に例がないことから、アトモキュールは反陽子ヘリウムの別名ともなっている。この反陽子ヘリウムが長寿命である理由も、レーザー共鳴分光の測定によって明らかにされた。この分野の研究は今後高速化学反応の理解を深めると期待される。