かつて人類は互酬(reciprocity)を柱とする共同社会を経験した。物の交易では贈与原理で動き、精神面ではホスピタルな態度で他人を迎えるという人間関係が長く続いてきた。
近代では互酬原理はほぼ完全に崩壊した。近代の原理は市場的交換一元論であり、私的所有を社会体制の法的基礎とする。市場的交換は、分業を拡大し、生活財の多様化を促し、個別的利益増加のための競争による生産力の上昇を促した。人類は物質的生活財の未曾有(みぞう)の豊かさを得たのに対して、資本主義的交換体制のゆえに階級分解、あるいは富と貧困の二極分解を克服できない。私的所有と交換の原理に立つかぎり、弱者(国内の貧困者、国際面の貧困社会や貧困な民衆)を救済することはできない。
にもかかわらず弱者の存在は交換原理を超えて、互酬原理をたえず要求しているし、個人であれ政府であれ、無意識のうちに互酬的行為をとることを余儀なくされる。国民国家の縮小傾向、連合国家への趨勢の下では、もはや交換原理だけで安定的社会を維持することはできない。人類はふたたび互酬社会へ向かって進化しようとしている。