他者に贈り物を与える行為。商業的な交易や資本主義的な等価交換とは異なるエコノミーのあり方として、特に20世紀になってから文化人類学や哲学などで注目されるようになった。その端緒として、マリノフスキー(Bronislaw Kasper Malinowski 1884~1942)が、トロブリアンド諸島のクラ交換について行った調査報告がある。クラ交換とは、象徴的な財物を規則的に贈与する儀礼であり、これにより部族間の義務的な互酬制(reciprocity)が結ばれる。モース(Marcel Mauss 1872~1950)は、未開社会における贈与、受領、返礼の義務を問題とし、とりわけ北西部アメリカのポトラッチと呼ばれる風習に着目した。それは、首長が互いの地位を賭けて、相手に豪華な贈り物をし、財物を破壊してみせる競争的な贈与―交換の形態である。レヴィ=ストロース(Claude Lvi-Strauss 1908~2009)は、モースの説を批判的に継承発展し、親族が女性を交換する構造をもつことを明らかにした。
バタイユ(Georges Bataille 1897~1962)もまたモースの影響を受け、ポトラッチの中に、生産へと回収されない消費、すなわち蕩尽(consumation 仏)を見いだした。バタイユによれば、動物や奴隷を犠牲に捧げる供犠や非生産的な蕩尽は本来、決して返礼を期待しない贈与であり、一方的に放棄し、与えるだけの純粋贈与である。人間の営みは、純粋贈与によって、何かの役に立つという有用性から解放され、何にも従属せずにそれ自体価値のある至高性(souverainet 仏)の体験へと開かれるのである。デリダ(Jacques Derrida 1930~2004)は、純粋贈与を哲学的思考として深め、贈与がそれとして認識されると、返礼を要求し、交換に還元されてしまうのだから、贈与は贈与としてありえないもの、「不可能なもの」(l'impossible 仏)だとした。