医療の現場で発生する様々な倫理的問題を検討し、その解決を目指す倫理学の一分野。医療従事者の職業倫理である医療倫理は古くから存在したが、20世紀の中葉以降に勃興してきた生命倫理学が取り組んだ課題の一つは、医療倫理の近代化であったと言える。その発想の基礎となっているのは、パターナリズム的な医療体制を変えるために導入されたインフォームド・コンセント(十分な説明を受けた上での同意)であり、生命倫理学は患者の自己決定権という発想にもとづいてこれを正当化する。自己決定を重視するリベラリズム的発想は生命倫理学の基調であると言え、それは人工妊娠中絶、臓器移植、代理妊娠などを正当化する議論において重要な役割を果たしている。
さらに生命倫理学は、現代の医療技術や生命科学がうみだす生・生命(bios 希)の諸問題への回答という課題にも取り組む。生命の終わりにかかわる問題として、例えば安楽死は許されるかどうかが議論されている。安楽死をめぐっては、生命の延長に価値をみる考え方を延命主義として批判し、生命の質(QOL)の視点から「生きるに値する生かどうか」を問うことで安楽死を正当化する議論がある。生命の始まりにかかわる問題としては、例えば生殖医療によって可能となる子どもの産み分けが許されるかどうか、あるいは遺伝子操作によるデザイナー・ベビーは許されるかどうかが議論されている。産み分けや遺伝子操作については、生命の選別を優先する優生思想の復活ではないかという批判も存在する。