ある民族集団が故郷を離れ、「あちこちに(dia-)散らばっている(-spora)」ことを意味し、現在では移民や難民などを含む幅広い越境現象や離散民を指す用語となっている。もともと古代ギリシャ語の「ディアスポラ」は、地中海圏に広がった都市国家ポリスにギリシャ人が入植し離散していることを指していたが、ヘブライ語聖書が古代ギリシャ語に翻訳される際に、古代イスラエル王国の滅亡によるユダヤ教徒の故郷喪失を指すヘブライ語「ガルート」の訳語に充てられたことから、後に「ユダヤ人の離散」のみを指す、定冠詞付き・大文字のthe Diasporaとして使われるようになった。離散ユダヤ人は各地の文化発展に大きな貢献をしたが、近代のユダヤ・ナショナリズムによってユダヤ人国家の建設運動、いわゆるシオニズムが盛んになると、ユダヤ人にとって国なきディアスポラ状態は端的に否定すべき対象となった。
その後、第二次世界大戦後の脱植民地期に旧宗主国と旧植民地とのあいだでの越境的な民族移動に「ディアスポラ」が使われるようになり、小文字・複数形のdiasporasと変化していき、ディアスポラはもうユダヤ人の独占物ではなくなった。さらに冷戦崩壊後、急速にグローバル経済が進展するとともに、地域紛争が各地で激化していき、移民労働者や政治難民が世界規模で生み出されるようになり、1990年代からディアスポラ概念は急速に普及していった。ディアスポラは離散や故郷喪失という否定的なニュアンスだけではなく、排外的な国民国家に対する批判や新しい混淆(こんこう)文化の創出などに寄与するものとして、積極的な意味合いをもって使われるようになってきている。