自らを語る声を持たない従属させられた社会的集団を意味し、とりわけ植民地主義の文脈で、周縁化された先住民や奴隷を指す用語である。サバルタンは元来は「下位階級」を意味する軍隊用語であったが、それをイタリアのマルクス主義思想家のアントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci 1891~1937)が、資本家と国家権力が結託するなかで疎外された「無産階級」を分析する用語として転用した。だがマルクス主義の資本主義批判がなおヨーロッパ中心主義を免れないのに対して、インドを中心とする南アジアの歴史研究者グループが、植民地支配の歴史を批判的に検討するに際して、サバルタン概念を従属的な被支配者層の分析に使い始めた。とくに、インド出身でアメリカ合衆国の思想家であるガヤトリ・C・スピヴァク(Gayatri C. Spivak 1942~)の著書「サバルタンは語ることができるか」(1988)によってこの概念は世界的に知られるようになった。
同書のタイトルに表れているように、サバルタンが自らを語ることは原理的に困難である。被支配者の声をヨーロッパの支配者に届かせるには、支配者の言語や論理を用いて語るしかないが、それだけではサバルタンの声は支配者に都合よく消費され、支配者の優位性とサバルタンの従属性を強めることに帰結してしまうからだ。ましてや、知識人による「代弁」はむしろ生の声を奪うことになりかねない。したがって、サバルタンが語ること、サバルタンを聴くことは、支配―被支配、優劣の関係性を変化させること、とりわけヨーロッパ中心主義を破壊することでしか始まらない。サバルタンは、そうした点で、動的かつ戦略的な概念である。