移民や先住民、人種的・宗教的マイノリティについて、その固有の文化的アイデンティティを承認すべきとする立場。自民族の優位を強固に主張するエスノセントリズム(自民族中心主義)を批判し、多文化の共存を志向する。
テイラー(Charles Taylor 1931~)によれば、この動向の端緒は、18世紀に個人のうちに見出された独自性の観念が、ヘルダー(Johann Gottfried von Herder 1744~1803)によって文化を担う民族にも適用されたことにある。いまやアイデンティティの承認をめぐる政治は、現代政治の決定的要素のひとつになっているとテイラーは見る。
法的・社会的権利の平等化を求める従来型のシティズンシップ論や、経済的不平等の克服を目指すマルクス主義などでは、経済面で定義された集団(階級など)が念頭に置かれ、集団間の(経済的)差異を縮小することが目指されてきた。これに対し多文化主義の理論では、文化的枠組みによって定義される集団の間に生ずる優劣関係が問題になる。多文化主義の理論が目標とするのは、それゆえ、マイノリティを単一の多数派アイデンティティに統合することではなく、集団間の差異を肯定することなのである。集団ごとに異なる扱いを要求することは、一見するとリベラルな平等の原則に反する。しかしキムリッカ(Will Kymlicka 1962~)が言うように、文化的マイノリティが国家制度において(言語等の面で)不利な立場に置かれている以上、彼らが自文化の尊重を求めることは民主主義やリベラリズムと矛盾するものではなく、むしろそれらを促進するものなのである。それゆえ多文化主義の論者も、無条件の文化相対主義を推奨しているわけではなく、生命や自由、法治などのリベラルな原則の採用を要件として掲げていることが多い。