大阪府堺市北区百舌鳥西之町にある5世紀後半の前方後円墳。陵墓参考地(被葬者が特定されない皇族の墳墓)であるが、反正天皇陵とする説がある。全長約290メートル、全国第8位の規模とされていたが、宮内庁と堺市が2012~13年に調査して、全長が300メートル以上であることがわかった。また後円部の濠から、柱穴29と柱材と推定されるクヌギ材がみつかり、橋と推定された。設置後にすぐに撤去されたらしく、古墳築造と埋葬儀礼のために用いたものと推定される。従来、周濠の土橋はみつかっていたが、木橋の発見は初めてのことである。