1980~90年代に日本でもワールド・ミュージックという言葉が広まった。「民俗音楽」という言い方では表しきれない世界各地の多彩な音楽の動きが無視できなくなったのが背景だった。この言葉も日本では今は使用頻度が減り気味だが、それはワールド・ミュージックが衰退したからではなく、遍在して珍しくなくなったからだともいえる。ヨーロッパでは相変わらずこの種のCDは売れており、それらの見本市であるウォーメックスは毎年持ち回りで盛況のうちに開催されている。ヨーロッパ放送連合(EBU)加盟局の担当者たちによるワールド・ミュージック・チャートも毎月発表されていて、2008年の例で見れば、マリ(西アフリカ)の歌手イッサ・バガヨゴの「マリ・クーラ」(日本でも発売された)が9~11月にわたって首位を保ち、4~5月にはトルコの神秘的なサウンド・クリエイター、メルジャン・デデの「800」が同じく首位に輝くなど、さまざまなCDがチャートを飾った。
そんななかで、ここ数年の目立った動きと言えばやはりアラブ歌謡の人気上昇と、アルジェリアを中心とするアフリカ北海岸(地中海沿岸)の音楽への関心の高まりだろう。ことにアラブの女性歌手に対する注目度は見逃せない。人気ナンバー・ワンはレバノン出身のナンシー・アジュラム。衛星テレビで売り出したところがいかにも現代的で、人気はアラブ全域に広まっている。丸顔だったのが、08年の最新盤「何を考えているの?」の表紙では化粧を変えたのか見事に細面に変身していた。ほかにナワール・アッゾグビー、ミリアム・ファリスなど容姿と歌唱を兼備した若手にまじって、50歳を超えた大ベテラン、サミーラ・サイードも、08年の新作「我が人生の日々」で情感豊かに抜群のコブシ回しを発揮、表紙写真も驚くほど若々しかった。さらに永遠のスターとして注目されるイランの伝説的存在ググーシュが、これまた元気いっぱいに新作を出し、年齢不詳の怪物ぶりを発揮している。